なんたって生活力

ちょっと行き詰ってたので、生活力(自己受容+経済力)をととのえる!音楽と食べ歩きがすきです。

最近うれしかったこと、たのしかったこと1

 

□日常

・知らない街の駅前や住宅街をただぶらぶらするのが好きなのだけど、県内から都内世田谷区まで出てできた。

・以前から欲しかったズボンなど、卑屈にならず気持ちよく買い物ができた。

・好きなお笑いDVDをほぼ全部観れた(細かすぎて伝わらない~)

・とある好きなラーメン屋である哲麺(一杯なんと500円!)、夜中食べるのは以前は罪悪感で抵抗あったがすんなり行った。やっぱうまい。

カモミールティーにはちみつ入れるとおいしいことを発見。(二日酔いあけの頭痛はちみつをスプーン一杯ほど飲むとおさまる?)

・鍋焼きうどんを、めんつゆとかでなくだしから作ってみたら意外とおいしい。

cookpadで見つけた塩からあげ初めて作ってみたらおいしい。

・レトルトのS&Bのおいしいカレー(大辛)が値段のわりにおいしい。

 

S&B なっとくのおいしいカレー 大辛 180g×6個

 

 とんねるずのみなさんのおかげでした 博士と助手 細かすぎて伝わらないモノマネ選手権 vol.1 「リカコと過ごした夏」 EPISODE1-5 [DVD]

 

 

□こころ

・調子微妙なときもありつつもデイケアにいけている。ある外出企画の委員にも自主的になれた。以前はできなかったので成長を感じうれしい。

・日常のなかで、自分を自分で評価することがだんだんとできている気がする

・不安もありつつも、その場で最低限のto Doに集中する、目的的に過ごせているなと感じることが少しずつだけど増えた。

 

□人間関係、ほか

・好きな仲間と街で偶然に出会い、その流れで行きたかった飲み屋で飲むことができた。

・とあるちょっとマイナーな行きたい国の話題について友達とやたら盛り上がることができた。

デイケアの友人に嬉しい言葉をもらった。

・好きな音楽家と偶然的に少しだけど話すことができた。

・良い音楽を知った。

 


小曽根真さん(Pf)_ラプソディ・イン・ブルー(1/3) - YouTube

 

ざーっと思いつくままに書きましたが、食べ物が多いですね(笑)。料理ははじめたばかりで得意とかではまったくないですが、好きです。というかおいしいもの食べたい欲が強い。エビフライ作ってみるのが目下目標。

 

あと、無理なく自然な形でいろいろ表現していこう。

 

変化

自己評価が低いことから優等生気質や完璧主義が生まれた。

それらが自分を守ってくれていたけど、もうこれからは大人になっていいと思う。

よく声を聴いてあげて、今までありがとうと言って、寄り添っていたいと思う。

自分を罰して生きるなんて一切しなくていい。

最近の変化。

のんびりと。

好きな映画1 「渇き。」

ご無沙汰しています。なんか3日坊主で終わりそうでした(笑) とりあえず元気でやっております。暑いですねー。

 


映画『渇き。』予告編 - YouTube

映画「渇き。」

最近のこと。ネタバレになるので詳しいことは控えますが、「渇き。」という映画(邦画)がとてもよかったです。はっきり言ってグロテスクな部分もあると言えばあるのですが、そんな中、「何もできることはないけど、そばにいますよ」というような作者のメッセージが伝わってくるような気がして、不思議な言い方ですが、とても嬉しい映画でした。

あるひとつの見方で、考えすぎかもしれませんが、前の記事でもわたしにあると書きましたが、なんだか登場人物それぞれに本人も望まない「破滅したい、終わらせたい」、同時に「(まわりに)破滅してほしい、終わってほしい」という願望があるような気がして、日常を生きながらその目的のために血みどろに猛烈に生きていく、というようなすさまじいものを感じました。

映画館に同じ作品で二度も足を運んだのは人生で初めてです。

この映画に出会えてよかったです。

 

追記:ネタバレ有りですが、破壊屋ブログさんの記事がよくまとまっていて、一層作品が楽しめる気がします。

生活力そのに ~わたしの強迫性障害そのいち~

こんにちは。

今日は土曜日ですね。梅雨というか雨の日は憂鬱で気分が落ち込むので、こういう晴れの日は好きです。朝起きて晴れだとわかると安心します。

一昨日からはじめたブログですが、読んでいてくれる方がいてなんだか幸せです。はてなスターというのがあるのですね。皆様ありがとうございます励みになります。わたしも「読みました、いいね!」ってときに使わせていただきます。コメントとかもお気軽にいただけたら嬉しいです。

これからも書きたいことを適当に書いていこうと思います。

 

強迫性障害とわたしの「縁起恐怖」「不完全恐怖」

 自分の悩みのひとつに、強迫性障害(OCD)というものがあります。強迫性障害というと火の元や家に鍵したかを何度も確認してしまう「確認恐怖」、あるいは何度も手を洗わざるを得ない「不潔恐怖(潔癖症)」というものが知られていますが、わたしはそれらの症状も多少ありますが、「縁起恐怖」「不完全恐怖」というのが強いです。これをしなければ、こういう自分の思う形でなければ嫌なことがおきる、不幸なことがおきる、見捨てられる、バチがあたるというようなことが気になって無意味な行動がやめられない。

たとえば病院のカウンセリングで部屋の空いている椅子に自分のバッグを置きます。けれど自分のバッグの置かれている形(位置)が気になる。別にバッグの形が崩れると か、椅子から落ちそうというわけでもないのになんか気になって全然カウンセリングに集中できなくなり意味もなく何度か形を直してしまう。生活の中でも身近なこと、たとえば机の上のコップ、麦茶のポットを置く位置、友人とだったら一緒に行ったファミレスのメニュー表の置く位置、角度。バッグと同じくその位置を変えなければそれがそこからおちたり、壊れるからという理由ではないです。また、置き位置が気になるからといって身の回りが整頓されているわけでもありません。むしろ散らかっています。

 

他にも、たとえば

■食器やお箸、ペン立ての鉛筆やメモ帳など、全く同じものでも選ぶものにこだわりがある。必ずしもそれが好きだからとか、片方が汚れているからというようなものではなく。何かの理由で選びたかったものではないものを使うとき、それが気になって(怖くなって)仕方なくなることがある。

■とても簡単な返事だけのメールや作業を、(客観的でなく、自分の思う主観的な)完璧に仕上げようとして何十回と確認してしまう。だから人より随分と時間がかかってしまう。

■うまくいかなかったりしたとき、それを(まったく関係ない)自分のあのときの行為や選択が原因だと感じてしまう。人とのトラブルや、ついてないなぁと思うことがあったとき、今日は自分の気持ちに反してあの靴下を履いてこなかったからだ、などと(←自分で書いていて笑えた)

などもあります。

 

この頃はその原因や向き合い方が少しずつわかってきたのでだいぶ落ち着きましたが、小学校から2~3年前までは自覚なくそういう症状がでていました。あまりにも当たり前すぎたので自立を考える時期になって日常に支障をきたすまではそんなに気になっていませんでした。

これらの症状の怖いところは、①、その症状が突然くること、②、気になりだすとそのことで頭が一杯になって目の前のことに集中できなくなること、③、②のため同じ作業でも人より時間がかかるときがあるということ等があります。意味ないとわかっていても不安や恐怖で気になってそうせざるを得ないというのがしんどいです。

また、話せばわかってくれる人もたくさんいると思うのですが、神経質だと思われ嫌われるのが怖いのと、感覚的なものなので人に説明するのが難しいというのもあります。一度クリニックの担当主治医には相談したことがあったのですが怪訝な顔をしただけで話を聞く感じでもなかったのでもういいかなぁと思いました。

昨日の記事でも話しましたが、結局こういうのも自分の不全感を自覚するのが怖いというか、それこそ自分の無価値感や存在感の希薄さ、分離感からくるのかなとすこし思います。自分は欠落した何かというアイデンティティがあるから、それを埋めようと何かをコントロールすることに敏感になってしまうというか。体力があまりなく今は突っ込んだことは話せませんが。

 

卑下せず、前向いてうまく付き合っていこうと思います。

 

生活力そのいち ~生活力と自己受容力~

自分への無価値感と、依存心と、周囲への敵意と、復讐心

嫌われたい、孤立したい、破滅したい、自分を責めたい、終わらせたい、という望まぬ願望

人に注目されたり関心をもたれはじめると、もっと人を楽しませるようなことを書かないと、立派なことを書かないと、と思ってしまい何も書けなくなってしまうところがある。

自分に関心をもってくれることはめっちゃ嬉しいし、ありがたい。色んな会話もしたいし、心の底からつながりを感じたい。人も大好きだし本当幸せなのだけれど。

こういう認識の前提にあるのは、「どうせ人や世間はありのままの自分をわかってくれない」「そのままの自分に価値はない」「表現は危険」という、自身の無価値感、自分や他人に対する不信感だと思う。

ぶっちゃけただの自意識過剰だし、人や世間にありのままの自分をわかってほしいなんて傲慢だし、そんなんコントロールだ。価値がないわけなんて絶対ないし、本当のこといえば自分としてはおもいっきり表現したいし、別に嫌われたって自分を自分で守ればいいだけの話って思うのだけれど。

自分の無価値感なんて、聞いてる側からすれば「えぇ!?」って話だろうけど、そういう根強い感覚から「嫌われたい、破滅したい、ダメになりたい、自分を責めたい、終わらせたい」って願望が望まなくてもあって、それを実現するような行動をとってしまう(この記事ももしかしたらそうなのかもしれない。葛藤がある)。さらに嫌なのは、自分へのこういう見方って、他者や世間に対してもどこかで同じ見方をしているだろうということ。まわりに「ダメになってほしい、破滅してほしい、死んでほしい」というような(完璧にそういうのが一切ない人はいないだろうけど)。大好きなんだけど、どこかそういうところを期待してしまっているんじゃないかという。本当治したい。本当は違うのに、幸せであってほしいのに、そこがしんどい。そしてもっと嫌なのは、こうやってぶっちゃけることでどこか共感を求めているんじゃないかという人を見下した態度。書くのは自分のためなのに。アウトプットすることでどこか気づきを得たい、人と楽しくコミュニケーションとりたい、成長したい、より楽にたのしく幸せに生きたいってのはもちろんあるのだけど。

生活力をつける上で障害となっているそういう癖がある。依存心。自分は弱いっていう前提。卑下するつもりはないけど、ちょっとした甘え。7年くらい前にある人に似たようなこと話してその人は「禅問答」って言ってたなぁ。笑

いろんな自分がいるけど、生活力を整える上で自己受容力=他者受容力ってのは大きなキーワードだと思う。

大丈夫。ひとつずつ、ひとつずつ。ゆっくり育んでいきたい。

音楽1 椎名林檎

椎名林檎「NIPPON」

おはようございます。

はじまりましたね、ワールドカップ。

私は音楽が好きなのですが、2014NHKワールドカップのテーマ曲となっている椎名林檎の「NIPPON」が大好きでここんとこ聴いています。(純粋に音楽として好きです)

各国が情熱をかけ盛り上がり、すばらしい大会となることを期待しています。


椎名林檎 - 『NIPPON』 - YouTube

 

そういえば、今大会に関連してだと思うんだけど、近くのスーパーに下の大量のguarana(ガラナ)が入ってた。ブラジルでは人気の飲み物らしい。おいしいのかな、一度飲んでみたい。。

 

f:id:avocadaisuki7410:20140613131255j:plain

なんとなく

始めてみました。

「生活力を整える」をテーマに、マイペースで綴っていこうと思います。

強迫神経症、社交不安、適応障害等で15年以上それらの症状と関わってきました。病院には2年以上通っています。

気質はもちろんあるでしょうが、自己評価の低さからやたらプライドが高い、理想が高い、自己不信、対人不信、分離感が強いなどの生き辛さを抱えています。しかしここ数年でその症状もだいぶ和らいできました。

もっとちゃんとやらなければ、強くければ人と関わってはいけないという完璧主義的な強迫観念と、またその一方でどうせ何もできない、してはいけないという根強い無力感、無能感がありました。が、今はそんな弱い自分を受容し発信することを楽しみたいと思います。